🐑 ジーザスと私 ▶︎暗雲が立ちこめる(連載12)

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突然のスキャンダル

しかし、その生活は私を大きな嵐に巻き込んでいった。副牧師になって1年が経ったある日、教会の敷地内にある自宅で家族でご飯を食べていたら、1人の教会員から電話がかかってきて、話があると言う。「今、食事中です」と言っても、「いいから、すぐに出て来てくれ」と引き下がらない。何かあったのかと出ていくと、車が止まっていて、私はそこに強引に押し込まれた。これではまるで拉致である。

車はその人の家に向かい、玄関に入るなり、父親がスリッパを振りかざして私に殴りかかってきた。一体何事かと思いきや、そこには主任牧師の身内も呼ばれていて、真っ青な顔をして座っていた。他にも、2~3人の教会員が呼ばれてきていた。

実は、このA教会の主任牧師は長年にわたって実にたくさんの性的な罪を犯していたのだ。カウンセリングを装いながら、教会員に性的な行為をしかけていた。私を拉致した人は、自分の娘がその被害に遭ったことを知り、副牧師である私もグルだと思ったらしいのだ。私も、それらしい噂を耳にしたことはあったが、まさかと思っていた。だが、なんとその場に呼ばれてきていた主任牧師の身内がその事実を認めており、信じがたいことだったが、うわさはすべて事実だったことがわかった。

しばらく話すうちに、私は無関係だということが分かり、相手に謝罪されてその場は収まったが、そこで発覚した問題を放置するわけにはいかない。ちょうどその頃、教会内だけでなく、主任牧師が講師を務めるなど、外部でしてきた仕事先からも複数の告発が起こり始めていた。彼が性的な「カウンセリング」を行ったというのだ。

私は主任牧師のところに行き、「告発されている内容が事実なら、私は副牧師を辞める。こんなの、あり得ないから」と言った。すると、彼は「辞める必要はない。私が悔い改めるから」と言ったのだ。そして、告発をしてきた相手にもそう伝えてくれと言うのだ。私に言わせずに自分で言えばいいのにと思ったが、頼まれたとおり、周囲に彼の言葉を伝えたところ、騒ぎはその時は一応それで収まった。

戦いは終わっていなかった

A教会は大きな教会だったので、イベントも多く、カウンセリングするべき会員も多く、1日1日が飛ぶように過ぎて行った。朝から晩まで忙しく働くうちに、あっという間に3年が過ぎた。そして4年めに入るころ、私はまた、嫌な話を聞かされることになった。

お互いをまったく知らない3人の女性たちがそれぞれが、直接来訪したり、または電話で「主任牧師にこういうことをされた」とまったく同じ内容のことを言ったのだ。それが事実であることは間違いなかった。彼が言った「私が悔い改めるから」という言葉は嘘だったのだ。

最初に私を拉致してまで主任牧師の悪事を追求しようとした家族は、彼が「悔い改める」と言ったからこそ矛を収めたのに、実はその後3年間も同じことをしていたことがわかったので、私は彼らを呼んでその事実を告げた。そして「どうしますか」と聞くと、「今度こそ、とことん追求する」というので、弁護士を紹介した。

そうこうするうちに、被害を訴える人が次々に出てきた。被害者たちの年齢は20代から50代にわたった。これは、主任牧師が30年以上の長きにわたってこの罪を犯し続けてきたことの証拠だった。

被害者たちは、教会の外の人たちにも相談をし始めていた。それで、教会外のキリスト教団体からもこの事件を追及するという声が上がり始め、ある団体は、マスコミに訴えて主任牧師をつるし上げ、被害者の女性たちが裁判の原告にならなくても済むようにする、という。こういったことの裁判というのは、被害者側に落ち度がなくても、裁判の過程そのものに傷つけられるし、被害者がいわれのない批判や悪評という二次被害を受けることもあるので、法的な手段に訴えることには確かに難しさもあるのだ。

だが私は、マスコミに訴えると息巻くある団体の宣教師の責任者に、「ちょっと待ってくれ。聖書には、罪を犯した人がいたらまず一人で責めに行き、それでだめなら2人で行き、それでも聞かないなら教会で処分しろと書いてあるんだから、その手順を踏ませてほしい。それでだめだったら、マスコミに言ってもいいから」と説得した。

その後、何人かの人が、1人で主任牧師に会いに行き、彼の悪事を責めた。すると彼は、ある時は罪を犯したことを認めるが、ある時は認めない、というのらりくらりとした態度を見せた。そこで2人組になって行って、話したことを逐一メモに取っても、やはりらちが明かない。

それで、最終的には私が、責任役員8人宛に、A4の紙8ページくらいに、彼がやったことを詳細に書き連ね、確かに彼は優れた人で、本もたくさん書いているし、コミュニケーション能力も高く、才能にあふれた人だが、こんなことはやってはいけない、と書いて速達で出した。この手紙を出すまでには、精神的な葛藤や恐れ、不安はもちろんのこと、霊的にも大きな重圧を感じていたが、この手紙を出した途端、その圧迫感が消え去った。

ところがその晩、夜寝ていたら、屋根の上を誰かが歩いているような音がする。子どもたちもその音で目を覚ましたのだから、私の気のせいなどではない。トイレから顔を出して屋根の上を見てみたが、何も見えず、ただ足音だけがどんどん寝室の方に近づいていくので、私も寝室に戻った。すると、誰も触ってもいないし、何かがぶつかったわけでもないのに、箱型テレビの上に置いてあった家族写真が突然床に落ちたのだ。主任牧師との対決が、霊の戦いであることをまざまざと感じた瞬間だった。

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この記事を書いた人

桜井 知主夫のアバター 桜井 知主夫 プロテスタント・キリスト教会、ジーザス・コミュニティ国分寺の牧者

やさしく学べるクリスチャンブログにようこそ! 私は、東京にあるプロテスタント・キリスト教会、ジーザス・コミュニティ国分寺の牧者の桜井知主夫(さくらいちずお)です。今まで、3つの教会に牧者として仕えて30年になります。’99に現在の教会を開拓する機会に恵まれ、今日に至ります。聖書的クリスチャンライフをわかりやすく説明します。

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