痛い目に遭った後の教会開拓
映画「ジーザス・レボリューション」の舞台となったカリフォルニアにあるカルバリーチャペル・コスタメサ。そこに登場する牧者こそが、私を受け入れてくれたパスター・チャックなのだ。A教会を辞める宣言をしてから3か月の間に、合計すると5つの教会と集会からオファーをもらったが、私はチャック牧者が創立したカルバリー・チャペルのグループに加わって新しい教会を建て上げることに心を決めていた。
A教会で主任牧師があんなにひどい問題を起こしても、教会役員の大部分は若い頃から世話になっている主任牧師に立ち向かうことはできなかったし、それはその他の多くの教会員も同様だった。自浄作用が働かないのだ。この経験から、次に教会を始める時は、カルバリー・チャペルのグループに加わって教会を建て上げたいと思い、チャック・スミス牧者が作った「神が望む教会のモデル」というビデオシリーズを、妻と一緒に何度も見ていた。
チャックには、ことの顛末を手紙にまとめて郵送した。話は前後するが、私がA教会で働き始めて1年が経った夏のある日、コスタメサの教会から国際電話が私にあった。そこの宣教牧者からだった。「チャックが知主夫に『日本でカンファレンスをやってほしい』と言っている」という内容だった。チャックは、私のことを思い遣(や)ってくれていたので、すべてを分かち合う手紙を出したのだ。そのこともあり、アメリカのカルバリー・チャペルと提携することになったのだ。
カルバリー・チャペルはいくつもあるが、教団ではない。だから、教団としての決まりがあるわけでもないし、上部から何か指示が来るというようなことはないが、各教会の主任牧者同士の交わりが自発的に持たれなければならない。それは、お互いが、異性問題、金銭問題、権力の問題から守られるように互いに愛をもってケアをし合うためでもある。
そういう意味で、カルバリー・チャペルは「ファミリー」なのだ。家族なら、誰かが調子悪そうにしていれば「具合悪そうだね。体温計持ってくるから熱を測ってごらん。薬を飲んだほうがいいね」というような行動に出る。カルバリー・チャペルのファミリーも同じことで、誰かが霊的に調子を崩していたら、「どうしたのかい?」と声を掛け、どうすれば回復に向かえるかを一緒に考える。そういう相互関係が絶対に必要だと思ったのだ。
こうして、1999年4月4日、イースター(復活祭)に、東京都国分寺市にて、チャック牧者が創立したカルバリーチャペル・ファミリーの一員として、ジーザス・コミュニティー・国分寺が始まった。
新しい道を行く
新しい教会を始めるにあたって、私には心掛けていることがある。それは、教会の兄弟姉妹に、「神の計画(生き方の指針)の全体を余すことなく伝える」ことである。創世記から黙示録までを会衆とともに学んでいくのである。A教会の主任牧師は、聖書の箇所から順番に語っているようであっても、実は性的なことが絡む箇所に来るとそこを飛ばして説教していた。私は、それはすまいと思った。自分の耳に痛いことを語らなければ、と思った。チャックはそういう説教をし、自分の弱さも隠さなかったので、教会員は「チャックがそうなんだから、自分もそうだよね」とメッセージを受け入れやすかった。私はそれを手本にしたいと思っている。
もう一つの方針は、聖職者と一般信徒の境目をなくそうということだ。だがそれは、牧師が信徒と「なあなあ」で何も教えないということではない。
A教会の主任牧師は、役員たちに指導者として仕えることを教えているようで、教えてはいなかった。霊的な成長のために仕え合うミニストリーが、実際に何であるかを教えることもしなかった。それは、彼自身の罪を放置していたことに由来すると思う。その結果が、問題が起こった時のあの体たらくだ。A教会には社会的地位のある人も多くいたが、そういうものは何の役にも立たなかった。教えも訓練も受けていない役員や信徒たちはただの烏合の衆だった。問題が大きくなってくると、「一緒に牧師を糾弾しよう」と言っていた人たちがさっさと出て行ってしまったりしていた。
本当に信仰をもって、キリストがやりたいと言っておられることを一緒にやりましょう、という気持ちで一致してやっていかなければならない。そのためには、今さら聞けない聖書の基礎知識とか、そもそもどういう動機で奉仕をすべきかとか、そういったことを一つ一つ教えていかないとキリストのからだである教会の部分部分が弱くなる。
私たちのビジョンは、これまた不思議な経緯でビジョンをキャッチしたのだが、ここではその経緯は割愛させていただく。そのビジョンの中身とは、「健康な羊が、健康な羊を生む」というものだ。
リーダーたちが教会の建て上げ方を学べば、リーダー同士でケアし合うことができ、からだは強くなっていく。奉仕というのは、教会で奏楽をするとか、賛美をリードするとか、掃除をするとか、そういうことだけではない。お互いの徳(霊的成長)を高めること、善い行ないをすること、口先だけでなく行ないと真実をもって愛すること、お互いの必要を知ってその必要に応えていくこと、互いに仕え合うことが、大切な大切な奉仕なのである。
互いに仕え合うには、「私はキリストに愛されているから、自分もキリストを愛する」ということが動機であり燃料でないと続かないことだ。だから私は、そのことについて丁寧に教えていかなければならない。このホームページにも、「ジーザスの弟子になる」というコーナーで詳しく記しているので、読んでみていただきたい。
これが、私がキリストに出会うまでの道のり、そして、このジーザス・コミュニティー国分寺を始めるまでの道のりである。もし、これらの話のどこかに興味を覚えてくださる方がいらっしゃったら、ぜひ一度、私たちの教会を訪れてみていただきたい。
写真の説明
これは、カルバリー・チャペルの主任牧者たちのために開かれた、カンファレンスでの出来事だ。ある人が、「チャックが知主夫を呼んでる」というので、彼の前に出て「カルバリー・チャペルの家族の一員になることを許可していただき、とてもありがたいです」と言うと、「兄弟、大歓迎だよ」と言って、私を抱きあげてくれた。チャックは、すごい力持ちだった。
A教会での暗闇と苦しみを脱した後に、天国に入ったような喜びがあった。それ以来ずうっと、ジーザス・コミュニティ国分寺では、チャックが神から与えられたムーブメントと聖書を通して学んだ《カルバリーチャペルの特徴》を基本にして教会を建て上げてきている。
Pastor Chuck & Pastor Chizuoという写真のキャプションは、自分でつけたわけではない。これは、カリフォルニアの、あるカルバリーチャペルのホールに掲げてあった写真なのだ。私がキャプションをつけたのでは決してない。
チャックは、その後も私のことを思い遣(や)って愛してくれた。
主イエスにあって父なる神に感謝は絶えない。
こんな者でもキリストに向かって叫ぶと、苦悩から救われた
愚か者は、自分のそむきの道のため、また、その咎のために悩んだ。
彼らのたましいは、あらゆる食物を忌みきらい、彼らは死の門にまで着いていた。
この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から救われた。
主はみことばを送って彼らをいやし、その滅びの穴から彼らを助け出された。
彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。
彼らは、感謝のいけにえをささげ、喜び叫びながら主のみわざを語れ。
詩篇 107篇17~22節
喜び感謝しながら、キリストがしてくださったことを語る
私みたいな者を、神は救ってくださったのだから、あなたでも大丈夫だと声を大にして言いたい。
これを読んだ人が「こんな桜井でも赦され、良くされるのなら、私/俺でも大丈夫じゃなぁい?」と思ってくださったら幸いだ。それこそが、キリストが願っておられることだからだ。
キリストが良くしてくださったことを、喜んで分かち合う機会が与えられたことを、心から感謝している。
2024年冬